◆メンタル系の治療に強い治療院、セラピー、カウンセリングのスポンサー様紹介です◆

神奈川県のたかや治療院さん・・・オステオパシーや鍼灸で痛みやアレルギー治療がメインですが、うつやパニック障害、不安感、イライラを治療しています。

東京のほとりさん・・・ポラリティセラピーというセラピーで痛みやメンタル系の治療をおこなっています。

メンタルボディケア吉祥寺・・・自律神経失調症、パニック障害、うつ病を薬を使わず根本改善させています。

2012年10月11日

オート(嘔吐)ダイエット

9月になり大学に戻ると、皆が私の変化に驚いた。
大概は「かわいくなった」だったが、
体育のダンス教師は「少し、肉が付き過ぎましたね」
白いジャージでサークルに出ると、
「雪だるまがいると思った」

自分自身、分かっていた。
太り過ぎてしまい、尚且つ食欲は止まらない。
更に、嫌なこと、自己嫌悪を感じること、そのような
場合に私は食べ物に慰めを求めているってこと。

もはや習慣になっていた。
ヒマならば、入ってみたかった店に行き食べる。
嫌なことがあれば、食欲を満たすことでそれをすり替える。

そう、色々と心に負担がかかったら、その問題を解決する努力を
放棄し、食べて満たされる幸福感で有耶無耶にしていたのだ。

勿論、お金はかかる。
その分、短期バイトを増やし、稼いではそのストレスを食べ物で満たす
、という繰り返しの日々を送っていた。

長期バイトは続かなかった。
ちょっとでも自分に非があることがあると、辞めてしまう。
激辛カレーの店でバイトしていた時、足元に置いてあったアイスコーヒーの
やかんをひっくり返してしまった。

その日は、暑いにも関わらずアイスコーヒーはメニューから消えた。
店長は「気にしなくてもいいよ」と言ったが、
私は辞めた。
私には変なプライドがあり、完璧にできなければもうダメ、という
図式が頭の中に出来上がっていたのだ。
ゼロと1の世界。
数字に頼る。
体重が全て。

でも、私の体重はみるみるうちに増えていった。
当たり前のことだが・・・・。

もう、適性体重になったら食欲は戻る、などと言う、
拒食症の文献は頭から消えていた

どんな時でも、食べることで自分を納得させていた。
今まで禁止していた、好きなモノを食べれば心は満たされる。

しかし、体重増加の恐怖が伴う。
これは、理想体型になって、皆と楽しく学生生活を送りたい、という
私の願いから反していた。

拒食症の文献を読んでいたら・・・。
「多食症(この頃は、過食症とは呼ばれていなかった)の患者は、
口に手を突っ込んで食べたものを吐き出すケースが見られる」
とあった。

吐く・・・?
食べ物のおいしさを充分味わい、後は吐いてしまってカロリーは
無かったことにする?

最高じゃない!?

体質的に、吐くことができる人とできない人がいるらしい。

思い切って、充分食べた後に吐いてみた。
私は吐ける体質だった。

抑制していた食欲を充分に満たし、無かったことにする。
こうすれば、吐いた後でも更に多食することができる!

一旦胃に入り、消化と吸収を命じられた脳が、胃の中に
何もないことにパニックを起こし、更に食欲を増加させる、
という仕組みを理解していなかった。

私は、行動範囲のあらゆるトイレを確認し、多食をしたら
すぐに吐くようになった。

初期の頃は、多食に対し、吐く量が充分ではなかったため、
ドラえもんのように太ってしまった。
1年を終わるころ、私は50Kgを超えていた。
18歳という、自然な年頃の肉付きも加え、私はパンパンに
太っていた。
そしてそれは、私の望む”自分”ではなかった・・・。


posted by naka at 17:52| 東京 ☀| Comment(0) | 過食症への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月09日

病院なんて二度と行かない

家では食事を摂らないものの、少しずつ太っていく私を
親は単純に喜んでいた。
入学もでき、体も戻ってきている。

しかし、私の心は不安だらけ。
押し寄せる食欲、太り続ける自分・・・・。
これでよいのだろうか?
劣等感に落ち込み、ヤケのように食べ続ける日々・・・。
本には、「適当な体重になったら、食欲も落ち着く」と書いて
あったが・・・。

全く食べることができなかった頃、母親に連れて行かれた
病院にこっそり行ってみた。

「食欲が止まらなくて、どんどん太っていく!」
今の恐怖を医師に打ち明けると・・・
「それは食欲を押さえる意志や努力がないからだ!」

冷たい言葉。
押さえる努力をしないと、この食欲は止まらないの?
またダイエットの日々になるの?

美味しいケーキ、スナック菓子、ドーナツ、揚げ物・・・・
また自由に食べることができないようになっちゃうの・・・?

突き落とされた気分。
いや、その時の私は、大学で感じる劣等感や自己卑下をなぐさめる
ために食べなくてはいられないようになっていたのだ。
食べ物はお友達。一番大切な。
食べたいものを食べている時、母が一時期出してくれていた
「夜食」を思い出す。
愛されている、慰められている、温かいモノが心にポッと蘇る。

もう二度と病院なんて行かない!
食欲はいつか止まって、私も皆と一緒に楽しく食べたりおしゃれしたり
出来るのだ。

食欲のままに食べ続け・・・・
夏休み始めに38Kgだった体重が、夏の終わりには45Kgにまで
増えていた。

posted by naka at 15:47| 東京 ☁| Comment(0) | 過食症への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月04日

何でも食べれるよ!

売店で買ったスナックを口にしてみる。
本を読みながら。
食べれる!美味しい!

罪悪感はなかった。
私、自由に食べることができるんだ!

スナックを食べ終わると、禁断のチョコを買い、
電車の中で一箱食べ尽くした。

太ってしまうとか体重が増えてしまう、などと
思わなかった。
ただ、自分が禁じていた食べ物がこんなにも美味しいという
ことに感動していた。

しかし、母が用意してくれた心づくしの夕食は食べることができない。
母に安心させたくない。

友達の前でもたくさん食べることができなかった。
今までのイメージを崩してしまう。

私はひたすら隠れて食べた。

スナック菓子、チョコ、炭水化物の組み合わせだと軽蔑していた
焼きそばパン、コロッケパン。

その頃、私は単発のバイトをしていた。
マンションの空き部屋をチェックするバイトがあった。
マンションを所有する不動産屋に行き、空き部屋を
教えてもらうのだ。
一日10件くらいで一万円もらえた。

このバイトで、サクラということがバレ、社員が
追いかけてきたことがある。
「書類、返して下さいよ!」
地下街を追いかける社員を巻いて、女子トイレに入った。
私の顔は見事に青ざめていた。

その後、私は不二家でパフェを食べ、ミスタードーナツで
ドーナツを4個食べた。
それでも胃は平気。
まだまだ入る気分だった。

さすがに不安になり、母に告げた。
「今日、ドーナツを4つも食べちゃった」

すると、母の反応。
「何で、そんなに食べれるの?」

私は異常?
食欲を解放した途端、するすると何でも入る。
但し、一人でいる時だけ。

その頃、拒食症の回復期に関し、余り参考になる書籍が
なかった。

治ったの?でも、このままドカドカ太ってしまい、
際限は無いの?
本には、適当な体重になったら食欲は止まるって
書いてあったけど・・・。

とにかく太っていく私に、両親は喜んでいた。
5月〜7月にかけて、5Kgは体重が増えただろう。
私は38Kgになっていた。

しかし、美味しい、という感覚を久しぶりに味わえた
喜びと共に、やはり体重増加の不安は強い。

試しに、昼食をツナサラダのみで何日か過ごすと
体重は減っていた。
「私は、ちゃんと体重をコントロールできる」
ダムが決壊したような、すざましい食欲の前で私は油断していた。
また、嫌なこと、辛いことがあると「食べる」という
行為で自分を安心させていた。

太ると親は喜ぶ、(それが隠れ食いであっても)
私は今までにない満足感に酔いしれる。

そして、何か食べていないと気が済まない日々に突入したのだった。
拒食症の回復期に失敗したのだ。
まんまと過食症に移行していた自分に気付かなかった。
posted by naka at 17:07| 東京 ☁| Comment(0) | 過食症への道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。