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東京のほとりさん・・・ポラリティセラピーというセラピーで痛みやメンタル系の治療をおこなっています。

メンタルボディケア吉祥寺・・・自律神経失調症、パニック障害、うつ病を薬を使わず根本改善させています。

2012年12月17日

好きな事をする日々

保険非該当の治療に行ってから、私は随分落ち着いてきた。
母がいつも付いてきてくれた、ということが大きかったのだろう。

私は、市や区でやっている無料講座に参加するようになった。
イラスト講座、筆絵講座・・・
新しい友達もできる。

また、自分で前に応募しておいて、ほっぽらかしておいた
「イラストレーション講座」もやり直し始めた。
高校の頃、真面目に描いていたイラストを描くようになった。

掃除の時間、手伝い、イラスト、読書・・・、規則的に
一日を過ごすようになった。

やはり、1日のリズムを上手く作ったことが良かったのだろう。
父には相変わらず心を開くことができなかったが、
家での生活にも慣れてきた。
それでも、夜中にお菓子を食べながらお酒を飲んでひっくり返ってしまう
日もある。

姉一家が海水浴に誘ってくれた夜、私は夜食をいっぱい食べ、
気付いたときは、早朝、姉たちが迎えに来る時間になっていた。

「具合が悪くて行けない・・・って言おうか・・・」
悩んだが、もう病気のせいにするのが嫌になった。

顔もぐちゃぐちゃ、お腹の調子も悪いままで、海水浴に加わった。
流石に、水には入れなったが、姉家族と楽しく過ごすことができた。

そのことをカウンセリングの先生に話すと、
「思切って行ったところはすごくよかった」
と、言われた。

私も、そういうことが小さい自信になっていった。


posted by naka at 11:34| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月14日

母の協力

まるっきり、私の病気に無関心と思っていたが、ある日、母は
私のカウンセリングに付いてきた。

当たり前だと思う。
殆ど食べないくせに、夜中に大量のお菓子と酒を飲み、
朝、部屋に椅子ごとひっくり返って寝てる娘なんて・・・。

私は、入院していた病院のカウンセリングを、実験的に只で
受けさせてもらっていた。
そこで、先生がおっしゃるには、
「S先生のクリニックに行ってみては」

S先生のクリニックは、本で読んだが保険が利かない。
それでも母は承知し、S先生とコンタクトを取って通うことになった。

ウチから2時間はかかるクリニックに親子で通う。
私の言い分を眠たそうに聞く先生。
「先生だって、眠いよ。君の話聞いていても、寝ちゃうことあるよ」
呑気な先生。

帰りは、近くの和食店で昼ごはんを食べる。
これが母の楽しみだったようだ。

「今日は、煮魚にしようかしらね・・・」
母が、食べたいものを楽しそうに食べてる。
それだけで私は満足した。
いつも、家では父や弟の好きなモノばかり作り、二人がいないときは
軽いものを作ってやり過ごしてしまうご飯。

母が自由に美味しいお店でご飯を食べる、という楽しみに
私は満足していた。

私としては、どんなものも母の前ではあまり食べることが
できなかったのだが・・・。

3ヶ月も通うと、私もかなり落ち着いてきた。
この短い期間、母は色々と辛かっただろう。
主婦なのに、昼をまたいで家事を抜ける。
保険の聞かない治療。

近くのクリニックを紹介されるまでの間、
私の症状は徐々に良くなった。
しかし、父にだけは心を開くことができなかった。
posted by naka at 13:20| 東京 ☀| Comment(0) | 放浪記(苦難の日々) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月09日

間抜けな居候生活

家でどこにも行かず、不穏の日々を過ごすようになった。
父は、ぶらぶらしている私を敵視し、いつも怒鳴りつける。
食事は摂るが、夕飯は吐いてしまう。

ある昼、父と弟はラーメン、私と母はご飯だった。
アジの開きが3枚。
すると、母は1枚を私と分け、父と弟に1枚ずつ開きを置いた。
・・・、私は別に食べたいわけではないが、オカズを必要とする
母は1枚食べるべきであり、弟と父は半枚ずづでよいのではないか?
母が席を立ったとき、父と弟が笑いながらしゃべっていた。
「ラーメンとアジの開きって・・・、こんな組み合わせないよな〜」

非常に腹が立った。
こんなヒトたちになんで一人前のオカズを出すんだろう。

また、その頃の父は、弟と競争してご飯を食べるようになっていた。
「お前には負けないぞ!」
ラーメンドンブリにカツ丼を入れてもらい、がっつく父。

この父が、我家の食卓を乱すのだ。

機嫌が悪く、弟もいない3人での食卓。
母が近所の話で繋ごうとすると、
「下らないことを言ってないで、黙って食べろ!!」
父の罵声。

自分の部屋に食事を持って行って、一人で食べたかった。

父が遅い日、母は最小限簡単な食事を摂る。
「ナカちゃんも、これでいいわね」
タラちりや、焼いた油揚げ。

栄養面を気にする私には不足だったが、頷くしかない。
病気さえ、認めてもらえず、只のらくらとしてる娘。
食卓で常にイライラしているだけ。

私は、只の居候だった。
posted by naka at 16:00| 東京 ☀| Comment(0) | 放浪記(苦難の日々) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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