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2012年09月26日

更なる絶望

予備校通いの夏が過ぎ、秋になった。
「これ以上体重を増やしたくない」と誓った日から
1年。
この頃になると、親や友達と一緒に大学巡りや
大学祭に行くようになった。

どうせ、どこに入っても同じなのだけど・・・。

しかし、蔦の美しい立教大やおしゃれな青山キャンパスを
歩くと、
ああ、こういうところに入れば、また新しい未来が開けるかも
しれない・・・
と、淡い期待を持つことができる。

学校では推薦入試の選抜が行われていた。
キリスト教系大学は、通っている教会の推薦が必要になる。
プロテスタントの我が校は、中等科から教会に通う義務が
あったのだ。
しかし、年少時に通っていた日曜学校の教会があまりにも
温かく印象深かったため、、学校で指定された教会には馴染めなかった。
真面目な私が教会だけはサボっていた。

もともと私は推薦を受ける気持ちはなかった。
皆とともに、受験戦争を突破したかった。
せっかく、ここまで勉強したんだから。

しかし、私も推薦枠に入らざるを得ぬ結果となってしまった。
また「受験に臨む体力」がネックとなったのだ。
しかも、空いていた枠は早稲田大学第一文学部。
ここは、推薦入試の試験がなく作文を提出するだけだった。
これも担任の配慮であった、と思う。

早稲田・・・。何となく男くさく(その為、あまり人気がなかった)、
私の性格に合わない。
おまけに、早稲田の模試結果はいつも合格率は30%である。
理由は小論文。
自由な文章を書くのは得意だが、与えられた課題や社会情勢などの論文がとにかく
苦手であり、私の小論文は30点くらいしか取れない。
「テストだけなら合格できるのに・・」
と、予備校でも言われていたし私も希望校には入れていなかった。

しかし、「これ以上体力がもたないのではないか」と言われ、
学歴主義の両親も大賛成の中、推薦を受けるしかなかった。
栄養士を反対されてから、受験に対する気力も知らず知らず
落ちていたのだろう。

真っ向から試験を受ければ絶対に入ることができない大学に、
横入りする気分。
受験詐欺。

国語の教師が殆ど直した作文を提出し、推薦が決まった日。
高熱を出して、学校を早退した。

中等科から続いていた皆勤賞が、高校3年の秋に打ち切られた。



posted by naka at 15:34| 東京 ☀| Comment(0) | 拒食症になった | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月25日

病院と「夜食」

両親は勿論、私の異常な痩せ方、それに伴う性格の変化を
無視していたわけではない。
内科に連れて行かれたが、体は異常なし、ただ痩せているだけ。
食べること以外のアドバイスはなかった。

そんな時、「ナカちゃんと同じような子の話が出てる!」
と、母が新聞記事を見せてくれた。
病的な痩せ、体重にこだわる、低体重なのに活発に動く、勉強などに
精を出す等・・・。

思春期性神経性食欲不振症。

私、病気?しかも神経性?
今までかかった神経性の病気と言えば、神経性胃炎だけ。
痩せたいことが神経性の病気だなの?
よく理解できなかった。
しかし、書かれている内容は今の私にピッタリ。

・・・解らない・・・

いくつかの大学病院に連れて行かれ、心理テストやロールシャッハを受けた。
どの病院でも、テストの結果を無理やり「思春期性神経性食欲不振症」という
病気の症状に当てはめているような気がした。

「○○のような男性が好きです」
という文章の「○○」に、「お父さん」と入れた。
私のいう「お父さん」とは、テレビドラマに出てくるような、”優しくて、
ちょっと奥さんに弱いが、秘密で色々と買ってくれたり連れて行ったりして
くれる”ような人のことであり、決して私の父のことではなかった。
私の父はむしろ正反対。家族に対し威張りまくり、批判することしかしない。
私は父を軽蔑していた。

しかし、このテスト結果をみた医師は、「本当は(私の)お父さんが
好きなんだね」などといい、どんなに私がテストに書いた「お父さん」像について
説明しても聴く耳を持たなかった。
病院、というものが全く信じられなくなった。

1つだけ良かったのは、ある病院で「和菓子などの夜食を出すように」
との指示があり、母親が毎晩私の机に夜食を持ってきてくれたことだ。

母親が、私だけのために・・・。
私はその夜食だけは美味しく食べた。
一口毎に母親の愛情を感じた。

しかし、母親の気まぐれか「夜食」は一週間くらいで終わってしまった。

いつも食べることを拒否する私にとって、母親に「夜食」を催促するのは気が引けた。
母親への愛情も信頼も消えた。

その代り、「夜食」は”心休まる時間”と記憶され、過食症以降、
私は自分で自分のために大量の「夜食」を準備するようになるのだ。

posted by naka at 15:42| 東京 ☁| Comment(0) | 拒食症になった | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月23日

未来への挫折

幼稚園から高校1年くらいまで、私は漫画家になるのだ、と思っていた。
小さい頃から姉や従姉と雑誌を作ってみたり、
単行本を作ったりしていたマンガ好き。
しかしストーリーも絵柄も、影響されていた漫画家の模倣ばかりだった。

高校2年くらいになって絵柄自体は独創性を得たが、
恋愛経験もない私にラブストーリーは作れない、
男性が描けない、右方面の顔が描けない、などと
色々な壁にぶつかった。
しかも、烏口で枠線が上手く描けなかった。細かい絵は描けるが、
やること成すこと不器用なのだ。
おまけによく調べると、漫画というものは編集が持ち込んだ企画に合わせて
描かねばならないらしい。
自分の好きなことを好きなように描いていても、職業としては
成り立たないことが分かった。
だからプロなんだけど、私には出来そうもない。
丁度拒食症の初期状態で、感性や創造性が失われていた私は
すっぱりと漫画家を諦めた。

その代り得たのは、ダイエットの知識、栄養学への興味、カロリー計算。
高校3年になり、私は迷わず”国立大4年”コースを選んだ。
将来したいこと、なりたいものが決まったのだ。

管理栄養士。

しかし、科学・物理が全くダメで、唯一生物だけ興味があった私に、
栄養学科のある大学の選択筋は少なかった。
理科に「生物」を選択できる大学は奈良女子大しかなかった。

その頃、今でいうセンター入試は10科目あり、かなりハードな
勉強を強いられた。
4当5落(4時間しか寝ずに勉強したら受かるが、5時間寝てしまったら
落ちる)が合言葉。
私も、夜11時まで勉強、その後睡眠4時間、朝2時から勉強、という
生活を続けた。
勿論、食事は最低限。それどころか、当時流行った「健脳食」を作るよう、
母親に強制し、カロリーの許容範囲内で食べていた。

白と黒しかなかった。大好きだったパステルカラーは世界から消えていた。
ゼロと1の世界。ファジーなものは許せない。
睡眠は、4時間以下でなければならない。
健脳食を食べなければ、頭がよくならない。
決めたカロリー内で食事をしなければ、自分はダメになってしまう・・・。
「〜ねばならない」世界の中で生活していた私にとって、
修学旅行の時から恋焦がれた奈良の町、やりたい勉強を思い切りできる
大学生活はかすかな希望だった。
奈良での新しい生活は、私にとっての飴玉。
テスト順位とカロリー計算に疲れた頭をころころと転がり、
もはや失われた「甘い」という記憶を呼び起こしたのだった。

しかし、飴玉はカンタンに消えた。

「奈良女子大なんて偏差値が低すぎる」
(当時の私は、かなり上位の大学も受験可能な成績だった)
「栄養士になるなんて、4年大学に行く意味がない」
「栄養士になっても、良い仕事に就くことができない」
(母は短大を出て管理栄養士の資格を取っている)
両親は軽々と私の希望を却下した。

良い仕事に就けないって・・・何を根拠に言うんだろう・・・。
母の時代とは違って、栄養士のニーズは広い。
それに、やりたいことがあるから大学に行きたいだけなのに。
栄養士になれないなら、大学なんて行きたくない!
受験勉強なんて、意味がない!

しかも、決め打ちは担任教師の言葉。
「ナカさんの体力では、国立4大のコースは無理です。
受験までにバテてしまうでしょう。
ナカさんは、私立4大のコースに変えましょう」

どんなに痩せていたって、キチンと勉強して素晴らしい模試結果を
出していたじゃない?
体育だって休んだことないじゃない?
痩せてるから、国立コースから外すの?

しかし実際、毎朝の礼拝時間(プロテスタントの女子高だった)には
必ず居眠りし、校長先生に聖書で頭を叩かれたことさえある。
さすがに母親も呼び出され、私の生活について注意を受けた。
長年受験生を受け持った担任としては、痩せ細り、ふと居眠りまでしてしまう
一受験生に対する最適な判断だったのだろう。

挫折。

もう未来はない。
何のために勉強しているか、分からない。
どの大学に行けばいいのか、分からない。

体も心もからっぽ。
スカスカで何もない。

・・・あるのは、体重を減らす楽しみだけ。
私大4年コースに合った勉強法に変えても、良い順位を取るだけ。

軸の失われた体で、周囲の受験熱に浮かれながらフラフラと踊っていた。
いっそ、体も小さく小さくなって無くなってしまえばいい。
posted by naka at 15:21| 東京 ☔| Comment(0) | 拒食症になった | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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